北野今昔ものがたり >

日本映画の父 牧野省三

1827年生まれ「千本座」の経営に乗り出す。横田永之助の要請で日本初の時代劇「本能寺合戦」を製作、その後マキノ映画からは多くのスターが独立していく。スター独立第一号 阪東妻三郎はマキノキネマと提携して阪妻プロダクションを設立。続いて市川右太衛門、月形龍之介、片岡千恵蔵、嵐寛寿郎らがそれぞれ独立してプロダクションを作っていきました。

牧野省三が今日、「時代劇の父」「日本映画の父」と呼ばれるのは日本映画の黎明期に活動写真に係わったと言う事実だけでなく自由な映画制作を目指し、日活の尾上松之助をはじめとする偉大なスターたちが彼の門下から輩出されているからです。

また、金森万象・衣笠貞之助・マキノ雅弘・松田定次・滝沢英輔などの優れた監督たちを世に送り続けました。また孫に当たる津川雅彦も監督デビューを果たし、マキノの精神と人脈は紛れもなく今日の映画界に脈々と受け継がれています。
(活動大写真館 十色一氏寄稿文より)

山中貞雄碑

北野界隈には牧野省三、牧野雅弘の家が天神さんのすぐ横に(今はマンションになっている)また月形龍之介(その後を轟由紀子が住む)の家も西陣署の前に、七本松出水の大雄寺には無二の親友小津安二郎筆による「山中貞雄之碑」が、キネマ殿を祀った「だるま寺」また同寺より少し西南の近衛町には達磨寺があり貴寧魔殿(きねまでん)と言って映画人の霊を祀った珍しい仏像やわが国映画関係功労者600余名の霊が祭られ今日も映画芸能関係者の参詣が多い事でも知られています。

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